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神に向かう時代と背く時代

 

・十字の中心に向かう (点線・霊) → 神に向かう時代

・十字の中心から離れる(実線・肉) → 神に背く時代

 

という対応があります。

 

十字の中心から離れるほど、

「神に反逆的な時代」となります。

 

そして、

 

・神に向かう時代 → 霊的に進歩する時代

・神に背く時代  → 肉的・物質的に進歩する時代

 

というように、対応します。

それぞれの年代

 

図のように、

「神に向かう時代」と「神に背く時代」の

年代はこのようになっています。

 

「1000年ごとに交代する」

ということになります。

 

野球のイニングのように、

「表、裏、表、裏、表、裏」と繰り返し、

表と裏を3回ずつ、計6000年で、

世俗の歴史が完了します。

 

この6000年の次の1000年は、

「千年王国」ということになります。

 

最後の1000年の千年王国は、

「十字の四隅を満たして、中心に向かう凱旋の期間」

と言えます。

自然から身体への時代

 

「十字・左上」から順番に見ていきます。

この時代は「身体の形成の時代」です。

 

図のように、「十字・上」からの最初の1000年は、

「身体」における神に向かう時代で、

「信仰・良心」、「清い体」が形成される時代です。

 

 

そして次の1000年は、

「身体」に向かって、神に背く時代で、このときに、

ピラミッドやバベルの塔ができます。

 

聖書に書かれているように、

「巨人族」、「人口増」もこの時代です。

 

「神の子ら」が「美しい娘たち」をめとって巨人族となり、

人々が、「食べたり飲んだり、めとったりめとられたり」

ということに気を取られていたというのは、

「身体」が目的化し、神に背いている状態を示します。

その結果が、「ノアの洪水」という、さばきとなります。

最も神に近づいたとき

 

歴史の過程で3度、

「もっとも中心に近づくとき」

が存在します。

 

・「十字・左上」 → 神に取られたエノク

・「十字・左下」 → 大国・イスラエル王国のダビデ王

・「十字・右下」 → 世俗をも支配した頃のローマ教皇

 

となります。

 

 

図にはありませんが、

最後の「十字・右上」に当たるのは、

イエス・キリストであり、三位一体なる神です。

 

ただし、「十字・右上」というのは「平面図」でのことで、

正確な「立体図」では「十字・中心の真上」になります。

まとめ

 

全体をまとめたものが図となります。

 

神に向かう時代と、背く時代が交互に、

局面を変えながら、(身体→政治→経済)

繰り返します。

 

神に向かう時代には、霊的な進歩があり、

神に背く時代には、肉的な進歩があります。

 

「肉的な進歩」が俗にいう「文明」にあたります。

  第1部 第二章 (5)神に向かう時代と背く時代

身体から政治への時代

 

次は、「十字・左下」です。

この時代は「政治の形成の時代」です。

 

図のように、「十字・左」からの最初の1000年は、

「政治」における神に向かう時代で、

「ユダヤ民族」、「律法」が形成される時代です。

モーセからダビデに至るまでの過程です。

 

 

そして次の1000年は、

「政治」に向かって、神に背く時代で、このときに、

ローマ帝国を中心とした政治帝国ができます。

 

神に背いたユダヤ民族にもたらされた、

「バビロン捕囚」はこの時代のできごとです。

 

また、ユダヤ人たちは、

初臨のイエスが降臨するときには、

形骸化した律法主義者(政治主義者)となっています。

政治から経済への時代

 

次は「十字・右下」です。

この時代は「経済の形成の時代」です。

 

 

図のように、「十字・上」からの最初の1000年は、

「経済」における「神に向かう時代」で、

「教会、聖書、教理」が形成される時代です。

 

東洋でも、日本でなら平安仏教のように、

経典、教団組織形成の時代です。

 

 

そして次の1000年は、

神に背く時代で、このときが、

いわゆる「近代」や資本主義の時代になってきます。

この時代に、効率を高める技術が発展します。

 

カトリックに対して、プロテスタントの登場も、

この時期に対応します。

日本で言えば平安仏教に対する鎌倉仏教の登場

に相当します。

 図7 最も神に近づいたとき
 図2 それぞれの年代
 図3 自然から身体の時代
 図6 神に向かう時代と背く時代のまとめ
 図4 身体から政治の時代
 図5 政治から経済の時代
 図1 神に向かう時代と背く時代

神に背く時代の試練と「分取りもの」

 

「ノアの洪水」、「バビロン捕囚」、「近代化」

などは、神に背く時代のものであり、

すべて「試練」ですが、

 

・ノアの洪水 (身体) → 「清い心身」

・バビロン捕囚(政治) → 「聖書」

・近代化   (経済) → 「クラウド、ロボット」

 

のような必要な成果も、もたらしました。

 

すなわち、「神に背く時代」の産物も、

神に用いられるのです。(分捕り物)

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