「死と復活 (1)死という不自然」
「人はみな死ぬ」などと言う言葉はよく聞きますが、
その根拠はなんでしょうか。
一つには、
「ほぼすべての人が今までそうだったから」
ということでしょう。
しかし、これは根拠にはなりません。
これは「統計的事実」なのであって、「論理」ではないのです。
「統計的事実」は証拠にはなりません。
「昨日までの常識が、翌日からがらっと変わる」ことはままあるのです。
また、
「車が古くなって廃車になるように、人も死ぬのだ」
とも言うでしょう。
しかし、これも論理的ではない。
まず、人間には車と違って「成長期」があります。
また、代謝もあります。
したがって、似ているように見えても、車とは全く違います。
むしろ、「皮膚の代謝があるのに顔などが老化するのはおかしい」と言えます。
ご存知の通り、人間の皮膚は日々はがれ落ちています。
それなのに顔などにシワができてくるのは、極めて不自然なことです。
また、成長期があるのに、それが止まって老化が始まるのも、
不思議と言えるでしょう。
少なくとも車の老化とは全く話が違う。
つまり、「人はみな(老いて)死ぬ」というのは論理的な根拠もない上に、
「廃車のように老いて死ぬ」という連想があれば、
それも間違いということになります。
「老いや死は当然にくるものだ」と考えるのは間違いなのです。